2009年12月15日

生まれてこの方

 私は、なぜか、1998年4月22日から、たばこを吸っていない。しかし、たばこは大好きで、近くで吸っている人の煙がたなびいてくると、いい香りだなあと思うし、いつかまた吸おうと思っている。すなわち、「禁煙」しているのではなく、「休煙」しているのである。

 先日、地元紙を読んでいると、「生まれてこの方」と題した以下のエッセイが載っていた。
 「近ごろは、ご養生くださいとよくいわれる。ありがたいことだが、生まれてこの方、ぼくは、養生なるものをしようと思ったことがない。酒とたばこはずっとたしなんでいる。始めたのは学生時代だ。大学に入ったら、入ったらしいことをしたいと思うではないか。酒も飲んでみなければしかたがないと思い、何回も吐いて、飲めるようになった。しかし酒自体は決していやではなく、いい刺激だった。
 実はぼくの父は酒造業を営んでいた。母も大きな酒問屋の娘で、嫁入りのときには乳母を連れ、持参金をたずさえてきた。そういう家だったから、家族は大変に酒が好きで強かった。結局、ぼく自身は研究者を目指し、家の仕事を継がなかったが、ようやく酒をたしなむようになり、それからはずっとウイスキーを愛飲している。
 ウイスキーは、ソーダ割りで飲むのが好きだ。それを知っている弟子が、以前、極地観測に出かけて、南極の氷を送ってくれたことがある。その氷に水を入れるとぱっと細かいヒビが入り、パチパチと音がする。南極の氷は長い間積もった雪の重みで中の空気も圧縮されているので、溶けるにつれ、気泡が弾けるのだ。それがおもしろく、喜んでたくさん飲んだ。今では環境のこともあり、そういう自然氷を入手することは極めてむずかしい。自然豊かな時代の貴重な思い出といえるだろう。
 たばこも、当時アルバイトで働いていた出版社の先輩に、ごく普通にすすめられた。こちらはまだ学生だからというと、学生だとなぜいけないのか、といわれ、やはりこの道で生きていく以上、たばこがわからなければどうしようもないかもしれないと考えた。
 とはいえ、お酒と違い、たばこは無理して吸えるように努力したわけではなく、また反対に、習慣になってやめられないという感じもなかった。切れたときは、あったらいいのになあと思うが、イライラするほどの中毒にはならなかった。明日になれば、とか、あとで買ってこよう、とか、そんなふうに思ってごまかせるくらいだった。
 でも今までずっと吸い続けているのは、先に述べたように、ぼくが、体にいい悪いで自分の行動を変更したことがないからだろう。よくないと言われているのは知っている。自分でもいいものだとは思っていない。だからむちゃくちゃな吸い方はしないし、なければ仕事ができないとというような禁断症状にまでは陥らない。しかし、あるからあるものを、やめたらどうだろうと考えるのは、まったくばかばかしいと思うのだ。
 絶対に吸わない、などというふうに考えない。吸えなければしょうがない、吸えれば吸いましょう、というふうに思う。このごろは健康を大事にして、たばこを吸うか、長生きを取るか、二者択一で考えている人も多いようだが、なぜそこまで追いつめて考えるのだろう。
 結局ぼくは、いいかげんなのではないだろうか。酒が飲めなかった自分。たばこを吸うようになった自分。わがことであっても、それもよかろう、これもよかろう。どこかさめた他者の目で見ている。
 その姿勢も、やはり生まれてこの方、ぼくは、ずっとそうなのかもしれない。」


 このエッセイは、先日お亡くなりになった、蝶の研究で著名な日高敏隆さんが生前に寄稿したものだ。私もこんなふうな生き方ができるといいなあと思った。
 日高敏隆さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
posted by kenken(管理人) at 00:23| Comment(16) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする